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村の鎮守の秋のお祭り

地元の村で、「賀来の市」というお祭りがあります。
いつもは、普通のそんじょそこらのお祭りだけですが、大名行列のある年は違います。
お下りの1日は仕事で行けなかったので、お立ちの11日は是非見物に行こうと思っています。

で、土曜日の昨夜は、地元の国分神楽でした。
この太鼓や笛の音、そして舞いには、心踊ります!
お太鼓の人、かっこいいなー!


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by killers757jp

舞台正面は人が多かったので、右手からムービーしています。
途中で右に寄ったのは、舞台右下から、手を洗って階段を10段ほど上がって来るようになっているからです。
おろち退治の一部なので、まだおろちは登場していません。
このあと、もちまきがあったのですが、端っこにいた私の所には全然まかれず、かろうじて落ちていたのを拾いました。

砂があちこちついていたけど、帰ってから、洗ってお砂糖をまぶしていただきました。
とても幸せなことがあるようなありがたい気持ちになりました。
そして、何より、お正月以来のおもちがやわらくておいしかったです(笑)

女の人は、太鼓も笛も担当できないのかしら。。。
あのかっこいい太鼓、やってみたいなー

http://www.motto-oita.jp/news/detail.php?id=305&page=1

http://www.oishiimati-oita.jp/calendar/?action=view&unit=detail&id=128
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昭和23年の

12月23日は何の日?と訊かれて、天皇誕生日だと即答できる人はどのくらいいるのだろう。

昭和23年12月23日に何が起こったかと訊かれて、
東條英機(元陸軍大将)
武藤章(元陸軍中将)
松井石根(元陸軍大将)
木村兵太郎(元陸軍大将)
土肥原賢二(元陸軍大将)
広田弘毅(元総理大臣)
板垣征四郎(元陸軍大将)
ら七名が、処刑されたと、即答できる人はどのくらいいるのだろう。

そして、24日にそれらの遺骨を盗むという、命がけの計画をやった住職さんがいたことを知っている人はどのくらいいるのだろう。

たった1枚の少年の写真

NHKスペシャルの「解かれた封印~米軍カメラマンが見たNAGASAKI~」という番組を見た。
http://www.nhk.or.jp/special/onair/080807.html

内容は、ジョー・オダネルというアメリカ軍のカメラマンの話である。
見どころは、彼が個人的に極秘に撮影していた原爆投下直後の写真の数々である。

まだ若かった頃、彼は真珠湾攻撃がきっかけで、日本人に対して深い憎しみを抱いていた。
それゆえ、原爆投下は、戦争を早く終わらすためにやったことだという、アメリカの言葉を信じていた。
しかし、原爆投下からわずか1ヶ月後に、軍の記録カメラマンとして、長崎にやってきた彼は、
その言葉が間違いであることを自ら確信したのだ。
戦争は終わってなんかいない、被爆者の苦しみが始まったのだ。と。

彼は被害者たちの写真をあたかも未開封フィルムであるかのように見せかけて、極秘に持ち帰り、そして自宅の屋根裏のトランクに43年間封印し続けた。
しかし、彼はこれらの写真を葬ることなく、世の中に送り出して、母国の過ちをあえて告発した。
当時一男一女をもうけて幸せな家庭を築いていたにも関わらす、それらを犠牲にしてまでも彼は、決意を翻すさなかった。

そんな彼が最後まで探していた少年の当時の写真。
焼き場に立つ少年。
まだ1歳にも満たないだろう赤ん坊を背中におんぶして、まるで敬礼しているかのように、
手足をまっすぐに伸ばして涙を飲み込むかのように唇をかみしめる少年が印象的だ。
背中で首を垂れている赤ん坊はもちろん眠っているのではない。
とっくに死んでいる。
きっと原爆で一瞬にして父母や家族を失い、弟と自分だけが生き残ったのだろう。
体力のない幼い弟を(おそらく)7歳か8歳の少年に育てられるはずもなく、ほどなくして死んでしまったんだろう。
おにいちゃんにそっくりな、眠っているかのような幼い顔が痛ましい。
どこかで生きていてほしい。。。

オダネル氏の説明では、死体を焼いてもらう順番を待っていたらしい。
写真に実際に添えられているメッセージ↓
I had never before witnessed the obvious military influence on the young until I watched this
boy bring his dead brother to a cremation site. He stood at attention, only the biting of his lower lip betraying his emotion. I wanted to go to him to comfort him, but I was afraid that if I did so, his strength would crumble.
Joseph R. O'Donnell. September 1945 

その後、この少年のことが気になって、ずいぶん探したが、ついに再会は叶うことなく、オドネル氏もまた昨年の8月10日に亡くなられた。
死因は・・・もちろん原爆の後遺症だ。
原爆投下直後の危険について何一つ知らされてなかったオダネル氏の身体は、全身が皮膚ガンを患っていた。
彼自身もまた加害国の軍人でありながら、被害者であったのだ。
しかし、アメリカは彼を原爆症とは認定しなかった。

番組の最後で、ジョー・オダネル氏の唯一の理解者で、今はその遺志を継いで活躍されている息子さんが、今年の写真展に来日されて、父が撮りたがっていたからと、子供たちが遊んでいる姿を、嬉しそうに撮っていた。

その写真には、63年前の長崎にはどこにもなかった、ちょっとはにかんだような笑顔が写っていた。



ちちをかえせ ははをかえせ 
としよりをかえせ 
こどもをかえせ

わたしをかえせ わたしにつながる 
にんげんをかえせ

にんげんの にんげんのよのあるかぎり 
くずれぬへいわを 
へいわをかえせ 

~原爆症で亡くなった詩人、峠三吉の原爆詩集より

http://www.shinjo-office.com/page029.html

終戦後に、しかも民間女性職員が、今更戦闘に巻き込まれなければならなかったのか?
交換手の女性が服毒するのをどうして男性職員は止めなかったのだろうか?
目の前で仲間が次々と死んで行くのを見たら、逆に怖くなって死ねなくなるのではないだろうか?
しかも班長が真っ先に死んだことで、精神的な結束は崩壊しなかったのだろうか?
ソ連から、圧力があって、配給中止になったというのは、本当なのだろうか?

真岡郵便局員12名のうち、9名が順次服毒自殺。3名は生存。
助かる方法はなかったのかと思う反面、任務を優先して遂行した点では、
これは自殺でも自決でもなく、むしろ戦死だ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E5%B2%A1%E9%83%B5%E4%BE%BF%E9%9B%BB%E4%BF%A1%E5%B1%80%E4%BA%8B%E4%BB%B6
「ウィキペディア(Wikipedia)真岡郵便電信局事件」によると、
自殺した9名は公務殉職として、1973年(昭和48年)3月1日付で「勲八等宝冠章」を受勲した。
また、靖国神社に合祀されている。

と記述されている。

また、
ストーリーの主要部分においても史実と大きく異なっている。映画の内容は史実ではないが、史実であるかのように誤解されることがある。映画は、配給会社である東宝の営業政策の変更により、上映直前になって配給が中止された。
という記述もある。

片隅の

新聞記事に「一中学徒隊」という特集があった。
1945年、10月14日夜、14歳の宮平盛彦さんは、6人の日本兵と一緒に、
沖縄の壕にいた。
そこに2人の日本兵が近づいてきて、
「日本は降伏して戦争は終わった、一緒に帰還しよう」と言った。
だが、終戦を知らない7人は、日本が負けるはずがない、これはスパイに違いないと、
その2人を射殺した。

今のように瞬時に、ニュースが伝わるわけもなく、終戦後、2ヶ月どころか、
何十年も知らずにいた横井さんや小野田さんもまだ記憶に新しい。

自分を助けようとしてくれた日本人兵を射殺したことで、
宮平氏は、ずっと心を痛めていた。
そして年々その罪の意識は強くなり、
1994年、ともに霊を慰めにいきましょうと、そのとき一緒にいた日本兵6人に新聞で呼びかけた。
すると、その殺された日本兵の家族のかたから、、
「兄は、人を助けようとして、亡くなったんですね、最期の様子がわかって救われました」という手紙が届いた。

その3年後、ご遺族に実際にお会いして謝罪し、今では毎年、その壕に花を手向けに行くそう。

誰でもいいから、殺したかったなんて、そんなこととは比較にすらならない、
命の瀬戸際を見た思いだ。

賛否両論な人

日曜日の午後の番組「たかじんのそこまで言って委員会」に、
元防衛庁審議官の太田述正(おおたのぶまさ)氏が、ゲスト出演したのだが…
見た人はわかると思うけれども、なんともかんとも不思議な人でしたよね(笑)

とにかく、最初から最後まで、一貫して「次元が違う」の一言で、
独特のヒキ笑い?をしながら、いかにも相手を小馬鹿にしたように話すもんだから、スタジオ内でも、騒然とする場面が数回(笑)

途中で、宮崎氏が、
「あぁ、この人、頭いいわぁ…」と、やや皮肉りながらも、
太田氏の言いたいことを視聴者にもわかり易く、説明した為、
彼のただならぬ人間性と能力を見逃さずにすんだ視聴者は多かっただろう。

それにしても、
太田氏を持ち上げるわけでは決してないけれども、
彼と冷静に話ができるのは、宮崎氏だけだろうね(笑)。
あとは、みんな、先に頭に血が昇ってしまって、議論にならないっぽい。

彼自身のブログに、当日の様子が書かれているので、どうぞ↓

核武装と日本の軍事戦略-防衛省OB太田述正ブログ
http://blog.ohtan.net/

ひょっとして、頭が良過ぎるのか、それとも単に非常識なのか?
実は庶民の味方なのか、単に官僚気質なのか?
・・・賛否両論分かれる、非常に誤解されやすいかたのようですね(^^ゞ

八月十五日の神話

今日が、本当に終戦記念日でいいのかどうか。
ポツダム宣言を受諾した8月14日か、降伏文書に調印したかの9月2日が終戦の日じゃないのか、とよく言われる。
にもかかわらず、「八・一五=終戦」となっているのは、なぜか。

やっぱりあの玉音放送だよね。
あれ、強烈だもん!
いまだにテレビでも頻繁に流されているから、若い人でも知っているんじゃないかしら。
天皇陛下のあの独特の声と台詞。
それらが、国民感情として、自然に根ついてしまったのよね。
それに、全国的に、お盆というのも重要だったのかもね。

今度この本読んでみよう。
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480062444/

あえて敗戦記念日

今日は、参拝しないと公言した安倍現総理大臣とは対照的に、
午前8時すぎ、小泉前総理大臣が、靖国神社にお参りを済ませたのがニュースで流れた(^^ゞ
だって、今年は、気楽な立場だもんね。

~靖国神社、閣僚の参拝なし この半世紀で初めて~
http://www.sankei.co.jp/seiji/seikyoku/070815/skk070815001.htm

そのまま「とくダネ!」という番組を見ていたら、
”ヒロシマ・ナガサキ」というドキュメンタリー映画を話題にしていた。

http://www.zaziefilms.com/hiroshimanagasaki/

アメリカのある高校生に授業で見せたら、
見る前のある生徒は「原爆のおかげで、早く戦争が終わって、多くの命が助かったから、よかったと思う」と言っていたが、
見終わって、再びその子に感想を聞いたら、…
「私たちが教えられたことが、すべてではなかった」と言い、あまりの悲惨さに顔をしかめていた。

また、元軍人という今は80歳の老人は、
「当時は普通の爆弾と変わらないと思っていた、60年も後遺症に苦しむなんて知らなかった」とも言っていた。

今、アメリカでは、原爆や特攻に対して、考え直そうとしている人たちがいるようだ。

これって、日本でも必要なことではないだろうか。
映画の冒頭で、竹下通りで遊んでいる、若い子たちに、
「1945年8月6日に何が起こったか、知っていますか?」
と問いかけているんだけれども、おそらくほぼ全員が、知らないと答えるだろうから…

そして、もうひとつは「TOKKO」(特攻)↓
http://www.cqn.co.jp/tokko/

番組の後半では、特攻機の攻撃を受けて沈没した米駆逐艦ドレックスラー号の元乗組員が、元特攻隊員の自宅へ行って話す場面へ。

元特攻隊員だった老人が、死にたくはなかった、と言って
飛行機の中では「ふるさと」を歌っていたと言い、
歌い始めると、と元米軍兵の一人は、
特攻兵が歌を歌うなんてと涙をこぼした。

またエノラ・ゲイに乗っていた元軍人のコメント、
「茫然とした、こんなに威力があるとは思ってなかった、誰も喜んでなんかいなかったよ」も貴重だ。
(まぁ、大統領と原爆を開発した博士は喜んだと、言われてるけどね…)

たとえ、戦場でも、そこにいたのは、お互いに心ある血の通った普通の人間だと、あらためて思う。

パール判事

パール判事。
別名は ラダ・ビノード・パール 。
極東国際軍事裁判(東京裁判)で被告全員の無罪を主張したインド代表判事 。

19日からアジア3カ国を歴訪する安倍晋三首相がインド・コルカタ訪問の際、極東国際軍事裁判(東京裁判)で判事を務めた故パール氏の遺族と懇談することが13日、固まった。
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/pacific_war/
あのとき、たった一人で、正当な理由で日本を弁護してくれた、おかただもんね。
そのご遺族と、お話する価値は充分にあるはず。


インドに4000億円借款 高速貨物鉄道建設
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070814-00000904-san-pol&kz=pol

非常識な反日の向こう三軒とは、ほどほどにして、
今やIT大国の、常識あるこういう国と、仲良くしましょ。

なしか!?

まさか、こうくるとは…
全閣僚が靖国参拝見送り 「終戦記念日」異常な事態

以下産経新聞↓
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070812-00000913-san-pol

安倍内閣の16閣僚全員が、終戦記念日の15日に靖国神社に参拝しない意向であることが明らかになった。
終戦記念日に閣僚が大量参拝するようになった昭和30年ごろ以降、参拝者がゼロとなる年はおそらく初めてという異常事態だ。参拝を見送る理由は日程上の都合や政治信条などそれぞれだが、中国などへの配慮もうかがえることから「なんて意気地がないんだ」(島村宜伸元農水相)とあきれる声も出ている。(阿比留瑠比)
 「私の信条でいつも決めていること」(塩崎恭久官房長官)、「宗務行政の所管大臣として公平を期すため」(伊吹文明文部科学相)、「宗旨が違うから」(冬柴鉄三国土交通相)…。参拝見送りの理由として、各閣僚はこのように説明している。

なしか!?

何かのジョーク?(ーー;)

中国だって、何もそこまで、言ってないしぃて、笑ってるんじゃない?(ーー;)

なかでも「宗旨が違うから」…って、何これ?
寝ぼけてんの???
やってられん…


そうでなくても、クソ暑いのに、ますます体温上がっちゃったよ。
じゃ、気を取り直して、おかんと弟のお墓参りに行ってきますね。

1945年(昭和20年)8月9日11時02分

6日からたった3日しか経ってないのに…

もう一回同じことをするなんて…

人間のやることととは思えない…

1945(昭和20)年8月9日、午前11時2分、広島についで2発目の原子爆弾が米軍のB29爆撃機によって長崎市北部へ投下され、数千度の熱線、すさまじい爆風や放射線が地上に襲いかかり、市街地は廃墟と化し、7万4千人もの尊い生命を奪い、7万5千人にも及ぶ人々を傷つけました。また、かろうじて生き残った人々も、心と体に大きな痛手を受け、現在でも多くの被爆者が苦しんでいます。
~長崎原爆資料館より~
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/na-bomb/museum/

安倍晋三首相は9日、終戦記念日の15日に靖国神社を参拝しない方針を固めた
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/yasukuni/

中国さんに配慮する前に
自分らの国のために戦死した人たちに配慮すべきなんじゃないのか。

8月6日

広島に原爆が落とされた日。
これこそを虐殺というんじゃないのか。

朝日・毎日VS読売・産経

既出だけど、おもしろい記事見つけたわ。

米の慰安婦決議で新聞社説真っ二つ
http://www.j-cast.com/2007/06/28008822.html

米下院外交委員会で、旧日本軍によるいわゆる従軍慰安婦に関して日本政府に謝罪を求める「慰安婦決議」案が可決された。これを受けて2007年6月28日の全国紙の朝刊は、ほとんどが社説でこの問題を取り上げた。ただ、朝日・毎日が日本政府を批判、読売・産経は逆に米議会を批判するなど、評価は「真っ二つ」に分かれている。

決議案は、「日本政府は、帝国軍隊が若い女性に性的奴隷を強制したことに対して明確に公式な謝罪をすべきだ」「慰安婦制度は20世紀最大の人身売買事案の一つ」などとしている。07年7月中にも本会議で初めて可決される可能性が高まっている、とされる。

「米議会人の見識疑わせる」と読売

米議会の「慰安婦決議」を巡り、社説の意見が分かれた新聞各紙 各紙の見出しもスタンスの違いが現れた。慰安婦問題そのものを問題視したのは、「米議会の『誤解』の根元を絶て」とうたった読売新聞と、「事実を示し誤解を解こう」とした産経新聞だ。決議案そのものに対する評価についても、読売新聞は「全くの事実誤認に基づく決議である」「事実をきちんと確かめることもせず、低水準のレトリックに終始した決議案だ。米議会人の見識を疑わせる」と反発している。

産経新聞も「『日本政府による軍用の強制的な売春』と決めつけるなど、多くの誤りを含んでいる」「日本の官憲が奴隷狩りのように強制連行したという説が一部で流布されたこともあるが、日本政府が(略)集めた(略)資料の中には、そのような事実を示す証拠は1点もなかった」と決議案が前提とした認識を批判している。

日本政府の姿勢に注文をつけたのは、朝日新聞の「首相は深刻さを認識せよ」と毎日新聞の「安倍外交にも問題がある」、東京新聞「慰安婦決議案 日米間のトゲにするな」。

「糾弾の意味は重い」と朝日
朝日新聞は「日本が過去の過ちを反省していないと、米議会が国際社会の面前で糾弾している。その意味は重い」と受け止めた。「決議案に疑問がないわけではない」として、「軍の関与を認めて」政府として慰安婦問題を謝罪した河野談話の位置付けが不十分な点などを挙げている。しかし、「慰安婦の残酷さを非難する決議案のメッセージは、真摯に受け止める必要がある」と重視する姿勢をみせ、「日本がそんな国と見られているのかと思うと残念であり、恥ずかしい」とも述べている。東京新聞も「歴史的な暗部を直視し(略)」「多数の女性の名誉と尊厳を損なった責任を受け入れ(略)」と、やはり決議案が前提とした認識を受け入れている。

毎日新聞は、過去の経過の記述が多い。「米国民を代表する議員の意思表示は重く受け止めねばならない」と主張はしているが、直後に日米関係への影響を懸念する記述が続き、外交面の配慮の観点からの主張であることがうかがえる。決議の前提を「誤解」と批判するのか、基本的に受け入れるのかは触れていない。

ちなみに日経新聞の28日朝刊の社説は、香港経済の問題とスーダンの紛争問題に関するものだった。

それにしても、朝日さんの記事、いつもながら期待を裏切りませんわね(爆)

PS:携帯読者のかたの為に、全文をコピペしたけど、全部読めるてるかなぁ(^^ゞ 字数、多すぎます?

なしか!?

言われ無き反日の嵐・・・なしか!?

慰安婦決議案採択 米下院
http://www.sankei.co.jp/kokusai/usa/070731/usa070731001.htm

 【ワシントン=有元隆志】米下院は30日の本会議で、慰安婦問題に関する対日非難決議案を採択した。決議に法的拘束力はないが、日本政府に公式謝罪を求めている。決議案の共同提案者は下院議員総数435人のうち167人に上ったものの、決議案が採決された際に本会議場にいたのは、わずか10人程度。発声による投票の結果、出席者から異論は出なかったため採択された。

 ペロシ議長ら下院指導部は、参院選に影響を与えることを避けるため、採決の日程を選挙後の30日に設定した。上院には提出されていない。

 この日、ラントス外交委員長(民主党)が趣旨説明を行った後、決議提案者のホンダ下院議員(民主)らが演説した。共和党からもロスレイティネン外交委筆頭理事らが賛成演説を行った。反対演説はなかった。

 ホンダ議員は採択後の記者会見で、「決議は日本政府に対し、公式で明確な謝罪を慰安婦に行うよう求める強いメッセージだ」と述べ、日本政府の公式謝罪を求めた。

 慰安婦問題をめぐっては、安倍晋三首相が4月末に訪米した際、ペロシ議長ら議会指導者との会談で、「人間として首相として心から同情している。そういう状況に置かれたことに申し訳ない思いだ」と語った。

 ブッシュ大統領は首脳会談後の共同記者会見で、「首相の謝罪を受け入れる」と首相の対応に理解を示しており、日米政府間では事実上解決済みとなっている。
 これまで慰安婦決議案は4回提出され、昨年秋には外交委で可決されたものの、本会議では採決されず廃案になった。

 一方、下院外交委員会は31日、アジア・太平洋地域の安定強化や、テロとの戦いにおける日本の役割について謝意を示す決議案を採決する。ラントス委員長やホンダ議員も共同提案者となっている。慰安婦決議で日本非難をしたため、日本への謝意を示すことでバランスをとるねらいがあるとみられる。
(2007/07/31 09:15)

最初はマンガから

「正論」という雑誌をいつも薦めてくれる人がいる。
でもなかなか読めない…
興味のあるテーマのところはちょこちょこっと読むけどね。

私がちゃんと読まないので、時々、わかりやすいマンガ本を買ってくれる…(汗)

今回は、「マンガ日狂組の教室」
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%AC%E6%97%A5%E7%8B%82%E7%B5%84%E3%81%AE%E6%95%99%E5%AE%A4-%E5%A4%A7%E5%92%8C-%E6%92%AB%E5%90%89/dp/4883806235うーん、酷いね。
広島の某高校生200人が、韓国に修学旅行に行って、全員で謝罪させられたのは、ほかの本でも読んだことあったけど、この手の内容は、知れば知るほど、呆れてモノが言えなくなる。
某里谷多英選手が長野オリンピックで優勝したとき、国歌が流れても、帽子をとらなかったという国際的非常識が、日本人には理解されにくいのは何故か。
歴代首相は、なぜいつまでも反省とお詫びをと賠償をし続けるのか。

もちろん、私も、子供の頃、国旗や国歌に誇りを感じたことは、一度もなかった。
大人になって、そのような情報を知るようになって、
あらためて、日本人であることに誇りを持つこと、
真実の歴史を認識することの重要性を感じ始めたくらいだ。

これは、誰にでも簡単にわかり易く書いているので、すぐに読めてしまうので、高校生などは、まずはこれを読んで、興味を持ったなら、
「正論」や「諸君」などを一度読んでみたらいいと思う。
http://www.sankei.co.jp/seiron/

http://www.fujisan.co.jp/Product/1281679614/

世界がもし100人の村だったら

Feが教えてくれた番組が、地元では今週の放送でした。
今見終わりました。

5歳で働くアルマンド、頑張れ。

マニカたちにとって、
人生って、生きるか、死ぬかのそのどちらかしかないんだよね。
唯一、もう一つだけ可能なことは、夢をもつこと。

マニカの言葉が、胸にしみた。

2人の弟には、学校に行って勉強して、まともな仕事についてほしい。
私はどうなってもいいから。

できるだけ多くの人に見て欲しい番組なのに、
地方ではゴールデンタイムではなく、深夜1:15~3:30枠だ。

こんな時間じゃ、誰も見ねーよ。。。



でもさ、考えてみたら、60年前の日本の子供たちもこんなだったんだよね。
戦災孤児とか、戦争で大黒柱の父親に死なれた、長男長女たちは、何人もの兄弟を抱えて、芋粥食べながら、同じような思いしてたんだろうね。
自分はどうでもいいから、弟や妹には苦労させたくない、大学まで教育を受けさせてやりたいとかね。
そんな死に物狂いな熱い思いが、今の私たちの平和で豊かで安全な国の基盤になったんだよね。
70歳以上の戦後を生き抜いていらしたおじいちゃん、おばあちゃんにに、もっと感謝しなくちゃいけんね。

大東亜戦争

この人たちは、いったい、いつまで、ぺこぺこ謝り続けるのか
謝るべきは、私達に対してじゃないんだろうか

ねぇ、吉田さん、村山さん、細川さん、小泉さん、安倍さん・・・
わが国は、残虐な侵略国家でもなければ、決して性の亡者でなんかない!
良識のあるアジアの多くの国々は、謝る必要なんか無いことを知っている、むしろアジアの母だと感謝されている!

産業革命が労働からの解放で、
フランス革命が自由と平等のための解放であるなら、
大東亜戦争は、白人からの有色人種の解放であり、
規模、内容、結果において、歴史に残る偉大な革命であると認められている

だからと言って、傲慢になることはないが、これほど卑屈になる必要はないだろう
自分の非を認めて、潔く謝るのが美徳とする観念が日本にはあるが、
それを誤って身につけると、取り返しのつかない失敗をしでかす
特に国際外交における謝罪の、意味、重要性において、一国の代表たるもの、その場しのぎに、個人の都合で謝罪するのは、もうやめてくれ!


http://www.amazon.co.jp/%E6%88%A6%E5%BE%8C60%E5%B9%B4%E3%81%AE%E5%A4%A7%E3%82%A6%E3%82%BD-%E4%BB%95%E6%8E%9B%E3%81%91%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%9F%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E8%A1%B0%E4%BA%A1%E3%81%AE%E7%BD%A0-%E5%89%8D%E9%87%8E-%E5%BE%B9/dp/4198619719

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日本遺族会が初の勉強会

「分祀」是非踏み込まず 日本遺族会が初の勉強会
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/politics/m20070509007.html?C=S

読売新聞にコンパクトにまとめた記事があるわ
これくらいは私たちも知っておかなくてはね

【基礎からわかる靖国神社問題】Q 「A級戦犯」合祀 経緯は?

 いわゆるA級戦犯とは、戦後の極東国際軍事裁判(東京裁判)で、侵略戦争を計画・実行したとして「平和に対する罪」などで有罪判決を受けた政治・外交・軍事の指導者たちだ。A級戦犯として起訴されたのは東条英機元首相ら28人。

 1948年11月、7人が死刑、16人が終身刑、2人が禁固刑の有罪判決を受けた。判決前に2人が死亡し、1人は精神障害で免訴された。

 同年12月23日、7人の絞首刑が執行された。このうち東条は、盧溝橋事件当時の関東軍参謀長であり、近衛内閣の陸相時代は日独伊三国同盟と対米英開戦を主張、41年の太平洋戦争開戦時は首相だった。板垣征四郎は満州事変にかかわり、関東軍参謀長などを務めた。土肥原賢二も満州事変当時の特務機関長だった。

 一方、国内外の法廷によるいわゆるBC級戦犯裁判では、5700人が捕虜虐待や民間人殺戮(さつりく)などの戦争法規違反に問われ、920人が処刑された。

 52年にサンフランシスコ講和条約が発効し、日本が独立を回復すると、戦犯の釈放運動が全国で起こった。嘆願署名は4000万人を超えた。国会は53年、衆参両院で「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」を採択した。同年、戦傷病者戦没者遺族等援護法が改正され、戦犯の遺族にも遺族年金、弔慰金が支給されることになった。

 翌54年には恩給法も改正され、戦犯への援護措置が拡充された。政府は戦犯も「公務死」と位置付け、国内法上、A級戦犯の公務復帰を妨げるような欠格事由規定なども設けなかった。

 日本が批准したサンフランシスコ講和条約11条は、戦犯の扱いについて、「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、かつ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする」とし、日本の独立回復後も刑の執行継続を求めた。

 そのうえで、戦犯の赦免・減刑・仮出獄について、A級戦犯の場合は、東京裁判に政府代表を出した国の過半数の決定と、日本の勧告に基づく手続きが必要とした。政府は52年の同条約発効を受け、関係国に対し、ABC級全戦犯の赦免・減刑を順次勧告した。

 結局、A級戦犯(容疑者を含む)は56年、BC級戦犯(同)は58年までに釈放された。A級戦犯のうち、重光葵は鳩山内閣で副総理兼外相に就き、賀屋興宣は池田内閣で法相になった。岸元首相はA級戦犯容疑者だ。

 靖国神社は59年、厚生省から届く祭神名票を基に「昭和殉難者」としてBC級戦犯の合祀を始めた。A級戦犯の祭神名票は66年に届いた。崇敬者総代会は70年にA級戦犯合祀の方針を決めたが、時期は宮司に一任となった。78年に就任した松平永芳宮司が改めて総代会で確認のうえ、東京裁判で絞首刑に処せられたり、獄死したA級戦犯14人の合祀に踏み切った。

 昭和天皇の侍従長を務めた徳川義寛の「徳川義寛終戦日記」によると、合祀を確認した78年総代会では、戦時中に大東亜相を務めた青木一男がA級戦犯合祀について「合祀しないと東京裁判の結果を認めることになる」と強く主張したという。

(2005年6月9日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe6700/fe_ya_05060902.htm

え?私が裁判員?なの?

平成21年5月までにスタートする、裁判員制度。
いろいろ問題点が指摘されているけど、スタートできるのか?

いくら6週間前に連絡があるとしても、いわゆる普通の社会人(会社員)が、平日に何日も仕事を休んで、九州や北海道の人が、あっちやら、こっちやら行ける?

正当な理由があれば、行かなくてもいいのなら、行ける人の条件は、すごく狭くなってしまうよね。

公務員や自由業、自営業の人、年金生活の人、休職中や無職の人、主婦や学生・・・
無作為に選ぶと言っても、実際は偏るんじゃないかしら?

そして、一番の問題は、何の予備知識もない人に、個人情報を100%守ることができるのかしら?
普通の人間なら、「こないだ、裁判に初めて行ってさぁ・・・」なんて、きっと話したくなると思うわ。

http://www.saibanin.courts.go.jp/

夢の扉

子供たちの笑顔を守るため、地球上の全ての地雷と私は闘い続ける

「夢の扉」という番組を見た
カンボジアの地雷を無くすために闘っている日本人、雨宮清という男の話だ
彼は、地雷を撤去するための機械を自ら考案し、それを現地に持ち込んで、しかも自分でその作業をやっている
その作業風景とは、まさに危険そのもので、命がけだ
機械で地面を丁寧に掘り起こして、地雷を探すのだが、そこに地雷があれば、当然のことながら、爆発する
遠隔操作じゃなく、実際に乗り込んでいるから、その破片が顔を横切ることもあるという

手作業ですると3日もかかるところを、機械でやれば1時間ですむというのだから、いかに効率がいいかがわかる
しかも手作業では、はぐれ地雷といって、どうしても取り残しがあるらしいのだが、それに気がつかずに、安全だと思い込んで、耕したり、遊んでいて、被害に遭う人も少なくないらしい

でも雨宮氏の機械作業のあとは本当に安全なので、
その地雷原は田畑となって、元通りの人々の生活と豊かな農業がまた始まる
それが彼の願いだ
自分が生きているうちに全ての地雷原を豊かな土地に戻したいと言う
その男は、これがまたフツーのおっさんなところがいい
平和を願う気持ちは誰も同じでも、それを地道な活動に現実に移せる人は多くない
彼の業績こそ、ノーベル平和賞だよ!

http://www.tbs.co.jp/yumetobi/backnumber/20070107.html

http://www.yia.or.jp/yia_jpn/event04/ngo_06-2.html

敗戦の記念日

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060815-00000002-yom-pol
小泉首相がついに、21年ぶりに現職の首相として、モーニング姿で、
8月15日に靖国神社を参拝した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060815-00000003-yom-pol
ただ、その後の「説明」が、あんまり出来が良くなかったので、マイナス50点。

「いつ行っても批判されるから」と言うのでは、説明になっていない。
今日でなければならない理由を、事前に批判していた国に対して、毅然とした態度で明確に説明をしてほしかったな。

「総理大臣である人間・小泉純一郎が参拝している」というのも、非常に曖昧な表現で、どっちやねんってつっこみたくなるよね。
国を代表する総理大臣の立場にある自分が、本日参拝することは、当然のことであると明言してほしかったわ。

「A級戦犯」という、国内においては、もはや存在しない言葉も安易に使ってほしくなかったな・・・

というわけで、今日はいろんなかたが、いろんな意見を言うてましたけど、
まずは、靖国神社について、この国の歴史について、正確に知ることが大事だと思った。
間違った知識のままで、合祀反対とか、分祀すべきとか、誰でも行ける別の追悼施設を作るべきとか、言うてても、ラチがあきませんから。。。
靖国神社のイメージがダークになるだけですもん。。。

でも参拝者が昨年より5万人多い、25万8千人が訪れたというのは、
それだけ、関心を抱いた人が増えたということで、この小泉効果にプラス10点!

さて、さっき友人wickerさんのブログを
http://bnw.eddiesbar.net/
覗いたんだけど、私も「2 MINUTES TO MIDNIGHT」を今夜は聴こうっと♪


最近の私のブログですが、音楽ネタとはかけ離れてしまっていたのにも関わらず、常連の皆さまがたには、あいかわらずおいでいただいたようで、ありがとうございましたm(__)m
またいつか、折に触れ醸し出すかも知れませんので、そのときはお楽しみに~♪
というよりも、ご容赦ください~♪(笑)

近隣諸国の批判

はぁ・・・暑いっすね・・・
明日まで、休みだけど何の予定もなく、ただただ汗かきまくってます・・・(汗)
何人かにメールしたけど、お返事もきません(ーー;)シカトされてます・・・フン!

あ、そだ、お盆なので、思い立って、おだんごをつくりました
お米の粉に白玉粉を少々混ぜて、丸めて、茹でるだけだけど
茹で上がったら、アツいうちに砂糖や黄な粉をまぶして、できあがり♪
何個かお供え用にして、あとは自分の胃の中へお供えします・・・(^^)v
シンプルな甘さと、いい感じの歯ごたえに、あ、やべー、何個でも食べれちゃうわ

小泉首相、明日こそは、正装して、「公式」参拝行ってね
んなもん、なまじ気を遣うから、嫌がられるんよ
正々堂々と、毅然とした態度で、誰が見ても感動するくらいの厳粛な参拝して見せてよ


クリスマスの夜に

10日夜の報道ステーションで
東京裁判で処刑されたA級戦犯で唯一の文官、広田弘毅の孫の弘太郎氏が、
インタビューに応えて、祖父が靖国神社に合祀されていることは不快だと述べており、東条英機の孫の由布子さんとは正反対で、興味深かった
ただ彼の言い分は、私としては納得が行かない内容だった

①合祀は靖国神社が勝手にやった。頼んだ覚えも、同意した覚えもない。
 
②合祀されたことは不快、取り消して欲しい。

③靖国神社は確信犯でやった。

④英霊だと見なしてくれる事は嬉しい事ではない。

⑤祖父が靖国神社に祀られているとは思ってない。

⑥(東京裁判でのA級戦犯としての有罪判決は)責任のあった立場であり当然のことである。

⑦(靖国神社に祀られているものは)火葬場のゴミ捨て場に棄てられていたものを盗んだものだ。

というのが広田氏の主な発言内容↑

①について
靖国神社が勝手にやったことではなく、厚生省から提出された名簿によって合祀されたもので
逆に遺族が頼んだり、同意することではないと思う

②について
社報「靖国」S61年3月1日号で、きちんと説明されているよね

③について
まず、この場合の「確信犯」という言葉の使い方は正しい意味で使われているのか疑問だし、
明らかに靖国神社を侮辱してるよね
個人の思いは自由だからいいのだけど
少なくとも自分の祖父の御霊が祀られているのだから、どうかと思う

④について
軍人じゃないってことを言いたいんだろうけどね

⑤について
でも正式な名簿がある以上、神社は祀っています…

⑥について
あのデタラメな裁判を遺族が認めてどうするのよ・・・
パール判事はもちろん、オランダのレーリンク判事も無罪判決を下していたし、
誰一人死刑判決を予想していなかったのに?
無罪を主張して、公式に名誉を回復すべきじゃないの?

⑦について
まず、靖国神社には御霊を祀ってあるので、名簿以外に遺品などは何もないのよね

昭和23年12月23日の皇太子の誕生日(偶然?)にA級戦犯は処刑された
遺骨は一切遺族へ返さず、粉砕して東京湾にばらまかれるのを
そんなことは許さんとした人たちがいた!

当時の弁護人三文字正平、林逸郎、(火葬場のすぐ隣の興禅寺)住職の市川伊雄らは、クリスマスパーティ中で監視のゆるい、25日の夜に
骨が捨てられた場所へ行き、こっそりと七人分の混ざったお骨を、骨壷いっぱいに拾い集めた!
このいきさつについて、興味のあるかたは、こちらを↓
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4537021144/sr=1-4/qid=1155341519/ref=sr_1_4/503-5244713-3983138?ie=UTF8&s=books
http://www.nippon-saisei.com/column/backnumber/2003/12.html
放送の中でそのときのお寺の現在の住職が言ってたけど
もし見つかれば殺されるくらい、命がけの行為だったと思いますと話していた
すごいことをやった人たちがいたものよね!
私なら感謝こそすれ、盗人呼ばわりなんてできないわ

それらは、現在も熱海・伊豆山の興亜観音に眠っているし、
国から遺族のもとにもそれらは届けられた
広田家は受け取ってないらしいけど、
本人の骨ともわからないものを受け取るわけにはいかないって。
そりゃそうだけど、でも入ってるかも知れないと思ったら、
そして他のかたのも一緒に弔ってもバチはあたらないと思うけど

東条由布子さんのもっともな発言に比べて、正反対な内容に、
これが遺族の本心だという印象を視聴者に与えかねない放送内容が気になった

当時10歳だったらしいから、NHKの真相箱なんかに素直に洗脳された世代かもしれないとふと思った

これらはもちろん、私が放送を見て感じたことであり、どう思うのが正しいとか間違いとかではないんだけどね…


昭和23年12月23日とは

昭和殉難者靖国神社合祀の根拠について、
既に、社報靖国(昭和61年3月1日号)にて説明済です↓

「昭和27年4月28日、講和条約発効翌年の第16国会の議決により援護法が改正され、連合国側が定めたA・B・C級等の区分には全く関係なく、法務関係死亡者、当神社の呼称する昭和殉難者とその御遺族が、一様に戦没者、戦没御遺族と全く同様の処遇を国家から受けられる事になったと言ふ事実を篤と認識されたい。

援護の実施は、さかのぼって28年4月1日からと決った。
従って所謂A・B・C級戦犯刑死の方々は、その時点を以て法的に復権され、これを受けて、靖国神社は当然のことながら合祀申し上げねばならぬ責務を負ぶことになった。」

友人Feさんから紹介された資料を参考にしました
http://www.yasukuni.or.jp/siryou/siryou4.html

これらから、近隣諸国の暴言は 明らかに内政干渉…
首相はもちろんのこと、国会議員も私たちも、
靖国神社に参拝することにいかなる問題もないと思うわ

誰かさん、公約は生きているとか言ってるけど
それなら当選直後から、毎年15日参拝を恒例行事にすればよかったのにね
あるいは毎月とか、いっそ毎日の日課にしちゃえばよかったのにね

続きを読む

週間新潮8月10日号

雑誌は読んだけど、テレビでも取り上げていたのね
(大分ではやってなかったでしょうけど)
宮崎のてっちゃん、かわいいなぁ~
http://www.youtube.com/watch?v=Nx8P_RPJtxc&eurl=
やっぱりおかしいよね
東条が、あの裁判で昭和天皇を(戦争責任から)守り抜いたことを、本人が知らないわけないもの…

あの部分のメモしか見ていないって、何、それ?

Remember Enola Gay~怒りと祈り

 パール氏の詩が 広島市の本照寺の「大亜細亜悲願之碑」に刻まれている

        激動し 変転する歴史の流れの中に
        道一筋につらなる幾多の人達が
        万斛の想いを抱いて死んでいった
        しかし
        大地深く打ちこまれた
        悲願は消えない
        抑圧されたアジア解放のため
        その厳粛なる誓いに
        いのち捧げた魂の上に幸あれ
        ああ 真理よ!
        あなたはわが心の中にある
        その啓示に従って われは進む

       1952年11月5日  ラダビノード・パール

ここを参考にしました↓
http://park6.wakwak.com/~nipponkaigi-hiro/c-honsyou.html


長崎のプルトニウム型原爆は、
広島のウラン型原爆よりも威力があった
しかし長崎市は周りが山で囲まれていたため、広島よりも被害は半減した
もし平坦な地形であったなら
その被害ははかりしれないものとなっていたと予想される
長崎市が原爆投下目標都市リストに選ばれたのは、その特異な地形が理由だった
地形による爆撃効果の変化を知ることは重要なことだったのだ

…それらは何を意味するのか

戦争責任とは何か
A級戦犯になぜこだわるのか
原爆の「人道に対する罪」はなぜ問われないのか



Remember Enola Gay・・・

日本でいちばん暑い日を前にして、音楽ネタとはかけ離れた記事がしばらく続くと思いますが、ご容赦ください♪

で、昨日のこれ↓
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060804-00000016-maip-pol
「私人としての参拝は自由」と言うよりも、公人として参拝する義務があると思うけどなぁ・・・

1951年9月8日 「サンフランシスコ平和条約」調印
1952年4月28日 発効
1952年4月30日 「戦傷病者戦没者遺族等援護法」成立
1953年8月1日 「戦傷病者戦没者遺族等援護法」一部改正(戦犯にも適用)
以上の流れにより、独立日本政府は、
戦死も戦病死も戦犯の刑死も、国家のための犠牲者として認定!
この時点で、ABC戦犯の存在は一切消滅~!

そして、このサンフランシスコ平和条約に署名した国は以下!
アルゼンチン
オーストラリア
ベルギー
ボリヴィア
ブラジル
カンボジア
カナダ
セイロン
チリ
コロンビア
コスタリカ
キューバ
ドミニカ
エクアドル
エジプト
エル・サルバドル
エチオピア
フランス
ギリシャ
グァテマラ
ハイチ
ホンデュラス
インドネシア
イラン
イラク
ラオス
レバノン
リベリア
ルクセンブルク
メキシコ
オランダ
ニュージーランド
ニカラグア
ノルウェー
パキスタン
パナマ
パラグアイ
ペルー
フィリピン
サウジ・アラビア
シリア
トルコ
南アフリカ連邦
イギリス
アメリカ
ウルグアイ
ヴェネズエラ
ベトナム
そして日本を含む49ヶ国!
つまり、どこにも中国と韓国は載ってないじゃん!
なのにこの両国が靖国参拝についてとやかく言うたびに
国をあげて、配慮するのは、なしか!

上坂冬子著 靖国問題 (文芸春秋)を参考にしました!
http://www.bunshun.co.jp/book_db/html/6/60/49/4166604988.shtml

Remember Enola Gay・・・

1945年8月6日8時15分
広島の上空で、人類史上初、原子(ウラン)爆弾が投下され、そして炸裂した
死者は11万から14万人以上とも言われている

1945年8月9日午前11時2分
広島についで2発目の原子(プルトニウム)爆弾が、今度は長崎で投下され、そして炸裂した
非武装の子供や学生や女性や老人、74000人もの命を焼いた

1945年8月15日
日本でいちばん長い一日が始まった

正午の天皇の玉音放送を阻止しようとした
東条英機の娘婿、古賀少佐はコルト32口径をくわえて自決した

1945年9月11日
玄関で逮捕状を確認した東条は
勝者の裁判はうけたくないと
同じコルト32口径を自らの心臓へ向けて引き金を引いた

いろんな意味で夏は暑いですね
暑中お見舞い申し上げま~す

事実とか真実とか

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060725-00000167-kyodo-pol
だから、あれって、誰のメモなわけよ?
だいたいA級戦犯て呼び方古いんちゃうの?


続きを読む

ごーまんかましてよかですか?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060714-00000020-maip-pol
そもそも、、みたままつりとは、何でしょ!?
終戦翌年の昭和21年7月、、長野県遺族会が、自発的に上京して
靖国神社で盆踊りと民謡で御霊を慰めたのが発端で
御霊を慰めたいという庶民の純粋な思いが、本来の靖国神社の精神なんだから
国家の政治的意思とは、さらさら関係ないと思うわ
http://www.yasukuni.or.jp/event/mitama.html

最後くらいね、毅然として8月15日に参拝してほしいよね
遺族会にあんなに約束してたじゃない
よしりんが言うようにね
私達日本人こそが、堂々と靖国神社を守らないで、誰が守るのよ
http://www.bk1.co.jp/product/2582441
だいたい靖国問題って何よ、冬子りんのこちらもお薦め↓
http://books.yahoo.co.jp/book_detail/31679189

かの東京裁判では、たった一人だけ、インドのパール博士は、
被告全員無罪の意見書を出して、遺族と日本国民を勇気付けた
そんな博士を称え、忘れないために、昨年顕彰碑が建てられたとか
http://www.gokoku.or.jp/04/0301.html
     
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